この世のもの

見たものと考えたこと

映画「ひらいて」

  • 物語の核心に触れています。
  • 原作未読。読みたい。

ポスターの山田杏奈の唇が良いなあと思って見たのだが、おそろしい映画だった。
見るべき、考えるべきポイントが多く思考や評価がまとまらないまま、観終わった後に澱んだ気持ちが残る。

主人公の愛は、最初は愛想が良くはないが、社交性もあり要領も良い美少女といった感じで、まあ確かに嫉妬故によく思わない同級生も多いだろうなと思う程度で見ているのだが、次第に人格の歪みが尋常じゃないことが分かってくる。

人格の歪みと言うと語弊があるというか苦しい、それは私の中にもほとんど同じようなことをしてしまいたくなる思いがあるのだが、しかしそこには能力的な問題も含めてブレーキがかかる。愛はそこを越えてしまう、学校で教室に忍び込むために何メートルもあるところから壁を伝っていくようなことをする。好きな人宛の手紙を読むために。

冒頭から通じて、愛の表情には闇がある。周囲を(好きな相手でさえ)監視する目もそうだが、会話の終わりや、1人でいるときに暗い表情をしているその様に見ているこちらも心が冷える。その表情については、美雪とたとえに同様の指摘をされる。眼が暗い、濁っていると。笑顔も常に硬いのだが、本人は気づかずに、無意識に、世界を保つための嘘ばかりをついていて、ストレスを溜めている。常に不満を抱えている。満たされなさを執着に変換して行動している。たとえへの執着が手紙をきっかけに暴走することで、愛の世界が破綻していくのがこの映画だった。

美雪にも満たされなさがあり、それが愛によって歪な形で補完されていく。人間との接触が少ないと耐性がなく、アプローチされたときにうまくやり過ごせずに受け入れてしまう、なんなら頼ってしまうというのは覚えのあることだ。
病気との関係がすべての人格を規定するわけではないが、影響しないわけでもない。本質的なおとなしさ、素直さはたとえとの関係や病気をきっかけにした周囲との関係の希薄さによって保存されている。大事なもの、やりたいことを理解している、もしくは信じ込んでいるところが愛とは違う強さになっている。
この美雪の姿を理解しながらある意味では囲い込んでいるとも言えるたとえにはやはり後ろめたさのようなものがあって、それが愛に反論するのに時間がかかった(反論する必要なんてないのだが)理由になっているのだと思う。

愛は相手の反応に頼って生きている。文化祭実行委員なんかもやりつつ、周囲の評価をコントロールすることで自分を保っているので、たとえや美雪の反応の薄さに戸惑い、狼狽する。反応がなければ関係性も保てないし自分の位置も掴めない。リアクションを引き出すべく言動がエスカレートし、頭の回転が速い分、勢い暴走もしてしまう。どうすれば木村さんのものになれるの?とたとえに問われて抱くこと、キスすることしか答えられない愛は痛々しい。愛のブレーキの効かなさについて述べたが、たとえに拒絶されてからの不貞腐れ方も普通ではない。散らかり果てた部屋で寝ているから家にひきこもっているのかと思いきや、目覚ましてで起きて学校に行って、それで不貞腐れている。もともと本心を分かってくれる人などいないので、周囲も対応できない。

手紙が本作のテーマのひとつになっているが、大事なものでありながらも、絶対的な善としても描かれないところに好感が持てる。時間、空間的な隔たりを保つのが手紙で、それだけで作れる関係には限界がある。美雪とたとえの関係にとって大切なものでありつつ、2人は東京に全てを先送りしているようにも見える。
一方で、手紙は冷静に言葉を選び、本心になるべく近いものを選択し、相手に伝えることができる。愛は瞬発的に相手を刺す言葉を発することができるが、一方で手紙を書くことができない。父に伝えることが何も出てこないシーンが象徴的だった。それにしても愛の母にもまた別の空虚さがあり、父など本当はいないのではないかと思わせるほどだった。荒んでいく愛への接し方が変化しないのも怖い。爪も実際には見ていないし、愛の部屋には入らないのだろうか…。

終始最低な愛なのだが、映画の中でわずかに爽快感を得られるのがたとえの実家に行く場面だった。たまたま行き合った美雪に「何しにくるの」と聞かれながらも愛は説明できないまま着いていく。たとえの父を殴り、2人とともに逃げ出した愛が「馬鹿じゃないの」と罵倒する場面には打算がなく、嘘がなかった。言葉の力を信じている2人を、圧倒的に話の通じない相手から引き剥がそうとしたのがたぶん本作のクライマックスだった。馬鹿馬鹿しい感じに降る雨に濡れたあと、ホテルで寄り添う2人を見る愛の目はどういう感情を写したものだったのだろう。ここで大きく何かが前進したわけでもなく、相変わらず何もしない愛だったが、(どうやって単位を取ったのか)卒業に辿り着く。ラストの愛の言動も言ってしまえば執着に過ぎないのかもしれない。多分もう美雪と会うこともないのだろうけれども、壊れ切った愛の再生の予感はあるような気がした。

 

その他

  • 11月のインターネットサイン会でのつばきファクトリー八木栞さんに美雪っぽさを感じた。マイペースで素直な、しかし明確に現代人なところが似通っている。加入早々にドッキリを仕掛けられたのもなんだか頷ける。今後も真っ直ぐ生きていってほしいと勝手に願ってしまう。
  • そういえば私もガラスペンをもらったことがあるが、結局上手く字が書けず、そのままどこかへ紛失してしまった。
  • 色味はフィルムっぽい。けどざらつきはなくて、高画質。デジタルなんだけどノスタルジックな変わった雰囲気だった。愛とたとえが向き合う、ポスターのシーンだけ妙にファンタスティックだった。
  • エンディングの大森靖子はとても良いのだが、ちょっと屈折具合がつきすぎているというか、冒頭の乃木坂風の楽曲を空虚に流してほしかったという気がする。