この世のもの

見たものと考えたこと

「妻、小学生になる」

初回から割に感動してしまい、それ以来毎週楽しみにしている。何かまとめて書こうと思いつつ、遅くなってしまった。

入れ替わりものは苦手で、たぶん嘘がばれるのばれないのというのが苦手だからなのだが、それに「君の名は」以降も引き続きそういった作品は私の視界の端の方を通過していて、新味もないのではないかと感じた。そのうえ漫画原作であるので、漫画では成立する荒唐無稽さがドラマに置いて受け入れ難いものになるというのはありがちだ。そのような訳で、リストを見ていた時点ではあまり食指の動くものではなかったのだが、蒔田彩珠さんが出ているので(おかえりモネは途中離脱した私だが)、見ることにした。

冒頭の冒頭はかなり現実離れしたCM風の家庭菜園のシーンとか、完全に妻に依存した夫にさらに身を引いて見ていたのだが、初回の途中から完全に引き込まれた。以下、敬称略。

毎田暖乃がすごい

石田ゆり子の演じる妻であり母が生まれ変わったのが毎田が演じる小学生なのだが、その演技が達者だ。ドラマに出てくる妻らしさ、母らしさというのがほぼ100%表現されている。石田が子役にカバーされることを想定して妻を演じていると思うのだが、そのちょっと型通りな感じがうまく作用しているのだと思う。セリフの言い方だけでなく、仕草とか表情とかまで大人の女性に見えるのがすごい。料理をするシーンもあるのだが、その手つきまで事故にならずに表現しているのは、どうやっているのか感心しきりだ。普通こういう話であれば、石田の姿を毎田にオーバーラップさせる演出を挟むことで納得させようとすると思うのだが、少なくとも最初の数話ではそれをほぼしていない。それなしでも体の中に妻が宿っていると信じさせる力があるという作り手側の自信が感じられる。

荒唐無稽なりの理屈が存在する

生まれ変わりの小学生、白石万理華は10歳で新島貴恵の生まれ変わりと自覚するまでは別の人生を歩んでおり、視聴者は当然、その子はどうなるのかと気になるのだが、しばらくは物語内で不問とされている。吉田羊の白石母の人物像が明らかになるにつれ、そのことが前景化してくる。どうやら記憶が完全に入れ替わったわけではなく、朧げに万理華としての記憶があるらしい。その他、生まれ変わりが他にも存在するらしい、幽霊が存在するらしい、見える人もいるらしいなどこの世界のありようが次第に出てきて面白い。

登場人物への視線が優しい

私は本当に思うのだが、それぞれの人にはそれぞれの事情がある。このドラマはそのことに対する理解があり、登場人物に対する眼差しが優しい。そしてその優しさは石田=毎田=貴恵の優しさもある。今は6話まで見た段階だが、ここ数話の茉莉花と母千嘉の関係が象徴的だ。母として立場を共有する2人の関係、貴恵の千嘉に対する共感と哀れみとが描かれる。毎田のセリフでそれが表現されるのがすごいのだが。

パスカルズの音楽が救ってくれる

脚本、演出などの布陣は「凪のお暇」と同じらしく、音楽もまたパスカルズと同様だ。深刻なシーンも、感動的なシーンも、パスカルズの音楽なので湿っぽくなりすぎない。これは他のドラマを見ていて辛くなる、こっちの感情を先回りするかのような音楽づかいになりようがないという点ですごく重要な役割を果たしていると思う。

蒔田彩珠がいい

ゴーイングマイホーム」で阿部寛の娘役をしていたのが10年前くらいで、そこからのファンの私としては、今回の娘役はその時を少し思い出させる表情があって嬉しい。ちょっと唇を尖らせるような。傾向は全く違うが、毎田のような芸の立つ子役と共演しているのがなんだか感慨深い。喜怒哀楽のはっきりした父に比べて、おとなしくて考えをあまり表に出さない麻衣の細かい感情表現が蒔田にとても合っている。

書いておいてあれだが、文字でどうこう説明するようなドラマではなく、見ればわかるようなものなのだが。堤真一の時々過剰になるコミカル演技とか、蒔田の控えめに感情を滲み出させる表情のありようとか、味わいどころは多い。今となっては好きであろうという姿勢で見ていて、それはちょっとよくない傾向かもと思いつつ、まあ人に迷惑をかけているわけでもない、来週も楽しみだ。