この世のもの

見たものと考えたこと

映画「ラストナイト・イン・ソーホー」

高速バスまでの間にちょうど観られました、今年もこれでおしまいですね(ハロー!プロジェクトのコンサートはある)。

主人公のエリーが大学の服飾科に入って味わう辛さにはかなり共感できた。1人で海外旅行に行ってドミトリーに泊まった時とか、大学に入学したばかりの頃を思い出していたたまれなくなった。盛り上がってる角でソファーに座っていたことなら私もある。夜中に酒を飲んで踊ることが楽しい人って、そんなに多数派なんだろうか…。

映画は現代のロンドンをかなり虚飾なく描いているように見えるし、街並みのどうにも薄っぺらい感じが映像によく出ている。行ったことないけれど。現代だとやはりどの街も同じように見えてしまう。人種も多様性があり、言葉以外ではアメリカとの違いも自分にはよく分からない。あ、変なタワーがあったのは印象的だった。変だった。*1

エリーが憧れる60年代のロンドン、その煌びやかな夜の様子は単純に楽しい。どれぐらいの再現度なのかは分からないけれど、海外だと他人事なのでリアリティを気にせずに観られる。そもそも過去の風景というのは、国内外、虚実問わず完成度が高く感じられるのが不思議だ。(エンドロールで現代の街角に「カレー」という日本語を見るように)現代のようにはグローバル化していないからなのか、昔のものはみんな一緒に見えるこちらの感度の低さの問題なのか。

憧れの対象はファッションと音楽であり、その象徴でもあり下宿の元住人でもあるサンディの視点を(大まかには夢という形で)借りてその世界に浸ることができるエリー。夜の世界だけが映されることもあってファンタスティックなのだが、次第にその裏側にある醜悪な部面も見るにつけ、現実世界にも差し障りが出てくる。これはエリーの能力によるものという前に、単純に落胆したというところが大きく、今後勉強するなかで遅かれ早かれ通る道だったようにも思う。芸能界というのは今も昔も堅気の世界ではないわけで、私がいつも楽しませてもらっているアイドルの世界も、程度の差はあれ清濁合わせのむようなことを若い女性に強いているのだ。

殺人事件の現場の映像を目にしてからは一線を超えてしまってどんどん部屋の外の世界をも亡霊が侵食してくる。ホラー映画っぽい場面が多くなり、一部はエリーの心理描写として理路の通ったものもあったように思うが、場面によってはただ怖がらせようとしてるように見えたり、何で?と腑に落ちないところもあった。同じような怖がらせ方の繰り返しになっているようにも感じたし、中盤からの展開の中でうまくエスカレートしていないようだった。もう少し絞って効果的かつ必然的な表現だけにできなかったのかなとは思う。

話としては徹頭徹尾、描かれるのは主人公2人のことだけで、クラスメイトのバックグラウンドとかはよく分からない、配置されているだけのようにも感じる(あと、映画に出てくるアルバイト先のオーナーって、どうしてあんなに主人公に優しいのだろう)。ともあれ、これは彼女らのお話なのだからそれでいいのだろうし、全く文句はない。

ファッション科の発表会で映画は終わる。母とも、サンディとも折り合いをつけた彼女の作品はしかし、60年代への憧れというところから脱しておらず、作中ずっとかかずらっていた過程からの発展もあまりないように感じた。今後の行き詰まりはあるだろうし、名デザイナーになる予感もないが、それならそれで良いし、また別のお話だ。

俳優に(というか映画の全てに)疎くてエリーを演じた方の名前も知らなかったのだが、とても魅力的な顔立ちだった。髪をブロンドにしたときの鮮烈な感じと、でも顔の上品さ、純朴さ(雰囲気の話)の塩梅が絶妙だった。狂信的な表情、それが憧れを語るにしろ亡霊の話をするにしろ威力があった。ハロウィンを経由することによって目の周りの黒く落ち窪んだ状態がシームレスに続いたのも良い仕掛けだったと思う。

全体として、ロンドンには行きたくはならないけれども、ホラーが苦手でも楽しめる映像体験でした。

*1:調べたらBTタワーとのこと