この世のもの

見たものと考えたこと

映画「PERFECT DAYS」

ルーティーンの確率された独居男性(平山)の生活を描いている。トイレ清掃の会社に所属しているが、やり方は任されているようで軽ワゴンに積まれた道具や洗剤を使って非常に丁寧に仕事をしている。

合間にコンビニで買う昼食や食べる場所も決まっているし、仕事が終わった後に銭湯に行って飲みに行くその店も決まっている。夜は読書をして、眠る。

その繰り返しが描かれるのでちょっと辛くなってくる辺りで休日が来る。この人は休日の過ごし方も決まっているようで、コインランドリーで洗濯をして、同時プリントの写真を受け取って新しいフィルムを手に入れ、古本屋で100円コーナーの本を買う。写真を取捨選択した後は、居酒屋で石川さゆり演じるママの料理を食べる。同時プリントもフィルムも高くなって(HOLGAの白黒)、私としてはカメラはあるけどなかなか撮れなくなった昨今だ。

私は毎日同じ場所に働きに行くのも嫌なくらい繰り返しが苦手だし、何か食べに行くにしても行ったことのないところに行きたいと思ってしまうので真似できないなと思う。一方で、することが決まっていることで迷いがなくなるし、今していることに集中できるかもしれないとも考えた。作中で平山が言うように「今度は今度、今は今」と思えるのかも。
基本的に無口で穏やかな平山なのだが、同僚が辞めてシフトを増やされた時には苛立ちをあらわにしていた。ルーティーンを崩されることが許せないのだろう、と考えると単純すぎるか。まあ普通に疲れそうだった。

こういった中年独居男性が映画に出てくると大抵別れた妻とその間の子がいたりするのだが、その代わりにこの映画では姪が出てくる。その母である妹も。その他の登場人物とは広めの距離感を常に保っている平山だが、家族はそうはいかないのだなと思った。それは関わり方もそうだし、感情を動かされてしまうこともそうだ。その姪を演じた中野有紗の他、アオイヤマダ、長井短など出てくる女性はどこか日本人離れした風貌の方が多かった。カンヌの客とかからしたらどう見てもアジア人なんだろうけど。

日々の繰り返しは緩急を付けて描かれるが、平山の見る夢の映像は必ず挿入される。具体的な筋のあるものではなくて、神社の木漏れ日やその日出会った人などがぼんやりとした白黒の表現で描かれる。スタッフロールにはその映像専任の名前があったし、力が入っていた。美しい映像でそれだけまとめて見たいくらいだった。私の夢は色付きなので夢っぽさは感じなかったが。

とりあえず、起きたらすぐに布団を畳もうと思うし、ちゃんとライトを消して寝たいと思う。

ちなみに、作中の小綺麗な公衆トイレは平山の作業服にもプリントされている「THE TOKYO TOILET」という日本財団による渋谷区の公衆トイレ刷新のプロジェクトによって作られたもので、いつもの人たちがデザインしている。