この世のもの

見たものと考えたこと

演劇女子部 タイムリピート 〜永遠に君を想う〜 於全労済ホールスペース・ゼロ

※物語の内容に触れています。
見る前の話

全労済ホールは5年半振り。なんというか、あっという間に歳というのは取るものだ。

 

 サブタイトルとか、あらすじに出てくる固有名詞とか、言葉の感覚がなんとも古めかしい(中途半端に)なのが不安感を煽る。脚本は「気絶」の人というのも不安、話として受け入れがたいものがあったよ、あのお話。が、しかし、期待値を下げておくのは悪いことではない。

 

見た後の話

席はやや後方だけど、表情はしっかりわかる。ハローキティやったところはちょっと大きすぎたかしらかね。

以下、感想です(見たのは一度だけなので勘違いありえます)。

演劇(ミュージカル)としての完成度が高かった。全員の演技、歌がうまい。特に歌パートが始まったときの、劇場全体の感情が一段高まる感じはJuice=Juiceの歌の力あってのものだろう。冷戦状態という設定も良かったかもしれない。戦闘ではなく、あくまでも宇宙船内部のドラマが描かれていた。登場人物がそれなりに多く、常に舞台上にいるのも面白かった。たまに姿が見えなくなっても気づかない程度の人数だ。

みなさんの集中力、世界をステージに立ち上げる力に改めて感心させられた。

各役の話

ソーマ(宮本)、最初は声を意外に変えずにやっているなと思ってみていたが、すぐに佳林さんが演じていることを忘れてソーマという人として見るようになっていた。人物像がはっきりとしている。自信はないけど、思いは強い、オタク気質の男の子で非常に共感を抱きやすかった。亡命者であり、自説が受け入れられず学者としても異端視されているというのも人物像に合っていた。なにより佳林さんがアイドルオーラを完全に消し去っているのが、生写真と舞台での様子との落差からも感じられる。姿勢にしろ表情にしろ。あとオタクらしく、異様に早口なの大変だったと思うけど、頑張っていると言うよりも、ついそうなってしまうという感じの早口になっていたのが素晴らしい。他の人が歌っているときに振り付けを控えめに真似していたり、ブログ等に載っている写真でも笑顔が硬かったり、入り込んでいる。歌声でも声が高くならず、ソーマの歌というものを聴かせてくれた。個人的にはルナへの共感を伝えようとする歌が本編でもっとも感動したところだ。孤独の底から声を出しているような。

ルナ(稲場)、だいたい事前情報で思っていたとおりの役どころだけど、前半が冷たいキャラと言うよりは、より攻撃的なキャラだった。鉱物学者だからといって、宝石の国に出てきそうなワードをたくさん放つ訳ではなかった。問題解決へ向けて休みの無い展開の中で、ソーマに心をひらいていくようすを描くのは難しかったかもしれない。ちょっと急に素直な人になりすぎな感じもする。ありがとうって、習慣じゃないと簡単には出てこないよね、とか。でも、いろいろな人がルナを心配してそれぞれのアプローチをするシーンは、それぞれのキャラクターの深みが増してるし、温かみを味わえるしいい流れだった。歌声がしっかりしてきた、植村さんに似てきたような気もする。ともあれ今後のライブが楽しみ。

アリサ船長(宮崎)、Juice=Juiceのリーダーをやっている気持ちを活かしたい旨パンフレットにあったが、そのとおりだったと思う。妙な甘さを演技に出すわけではないけれど、優しい眼差しというのが感じられた。役の船長としては、惑星上陸の判断理由などよくわからないところがあった。仲間を信じるのと危機管理のバランスもいかがなものかとか。副船長と並んだときの安心感、信頼感、雰囲気の良さというのはJuice=Juiceでいつも感じているところであり、当分この体制が続くことを願わずにはいられない。

ジン副船長(金澤)、男役2回め。すごく上手になってた。無理にがさつさを出そうとする感じもなく、すんなりと演じていた。だいたいかなともさんはそんなに頑張らなくても女性らしさを排除できるはずなのだ、立ち居振る舞いとかについては。惜しかったのは、隊長への思いが段階を踏んで明らかにされてないので単に惚れてるようにしか見えなかったこと。まずは職務上の信頼関係をもう一歩示してほしかった。

エイジ(高木)、さすがだった。武道館にしろ、歌同様に安心感がある。類型的といえばそうなんだけど、甘さが多めなのが人柄に合ってる。自然な笑いももたらしてくれた。顔がかわいすぎるので、なんか付け髭とかしちゃえばよかったのにと思わなくもない。ももひめさんとちょっとだけ演技の方向性がずれてるのか、二人の関係性がちぐはぐに見えてしまうところがあった。

リョウ(植村)、一番本人のいつもの感じに近いかもしれない。機嫌のよいときの感じ。植村さんは設定した役柄からのブレがないのが魅力だと思う。今回もやりきっていた。クッキーの味設定、面白かったな。本筋と関係なく油売ってても、なんか許される感じで、料理人がなんでここに、と思うこともなかった。テレビドラマの脇役とかいつでもできそう。

マドカ(梁川)第一声の落ち着いた響きで、お、と思わされる。大人な役柄を無理なく演じていた。前回の舞台はほぼモブだったけど、演技上手だ、歌も役に寄せていてよかった。普段ももっと力を抜けると良いなとずっと思ってます。落ち着いて、理路整然と話す役柄だったけど、ら行が多くてそこはやなみんだった。あと、医者なんですよね、医務室に病状を訴えた人が向かってるのになんでメインルームに残るのか(おそらく単に、秘密の会話をさせるための都合)。

ツグミ(段原)、素晴らしかった。演技を見たのは初めてだったけど、1人の人格を完成させてた。もともと好きなんですが、より好きになりました、段原さん。本人は情熱的な歌とアイドルらしいトークのギャップが魅力なのだけれど、ツグミは落ち着いた話し声と歌声。でも優しさを持った声だった。台詞が少ない分、ひとつひとつの言葉に乗った感情が伝わってきた。役者本人の性格の良さというものを観客が共有しているからこそ、勝手に膨らませられた点もある。役柄は難しかったと思う。でも素性が明らかになっても、豹変しないというのが新しかった。設定の難はあるにしろ…。

レオナ(高瀬)軍人役。わかってたけど、声が強い。できること、やるべきことをちゃんとやっていた。冷戦下の軍人が、どこにモチベーションを見出すのか、バックグラウンドはまったく明かされないけど表現していたように思う。

カナタ(こころ)軍人役。髪を切ったのはこの役のため? ではないのか別に。今後も男役を中心になさるのかもしれない。研修生の頃から見てるのだけれど、あまり注目してこなかった申し訳ない。しっかり声をつくって頑張っていた。空手を披露する場面もあり。

テル(桃々姫)エイジの弟子的な。ひとりチューニングが違う感じの演技。収まるところにいつか収まるんだろうと思う。少年のキャラクターとしてはとても良く仕上がっていた。ループの回によって、どこまで他の船員に信用されてるのか、本人の意図がどうなってるのかだんだんわからなくなってくる。

ミカ(山﨑)かわいい。夢羽さんは我々の前に現れたときからずっとかわいい。声に特徴あると思ってたけど、舞台で見ると案外分からず。今のは彼女か?と見逃すことも幾度か、台詞がだいたい短いので。

エリー(岡村)とミカは、全然似てはいないのだけれど、二人組としての完成度が高かった。実際仲いいらしい(ブログ情報)。濃い役者の揃った舞台上に良い軽さを与えていたと思う。岡村さんの、パンフレットのコメント温かいです。

曲の話

音楽パートは、パンフレットにある通り、印象に残るメロディと言うよりも歌詞がしっかり耳に入ってくるものが多かった。Juice=Juiceなので当然歌の力は十分だし、それで展開を強引に持っていくようなところもある。もちろん一番は感情の高まる部分の演者同士のせめぎ合いを、より力強く描くというところなんだろう。主役二人が感情を表に出しにくい人物なので、効果的だった。二人のハーモニー、苦手という佳林さんが男役ということもあって低音、うまくいっていました。途中に挟まれていた船員紹介の歌は、台詞でやると辛いところをうまくまとめていてしかもある程度話のうえでキャラクターを認識したところに上書きしてくれたので入りやすかった。

振り付けについては特に申し上げることはないのだけれど、Juice=Juiceの個人的に気に入らない振り付けは大抵がこの人であり、今回のを見ても要するに趣味が合わない。未だに「選ばれし私達」をライブで見ると気持ちがやや沈む(そこはいい加減慣れるべき)

話の話

けっこう細かいところに引っかかってしまい、話が飲み込めなくなることが多い。気絶!も前述のとおり最後乗れなかった。それは自分にも損なので、素直に楽しみたい(別に知識が豊富なわけでも頭の回転が速い訳でもないので眼の前の展開が処理できなくなる) のだけれど…。

イムリピート(という和製英語っぽいのどうなんだというのはさておき)をする人数が増減するというのが面白いアイデアだと思った。とくに半々くらいになるというのは、スリリングでよかった。

主役だけがタイムリープするのは、体内に爆弾を仕掛けているから衝撃が強いため。というのも、記憶の操作と両立して初めて成立する種明かしで、鮮やかだった。

それぞれの人物像も、普段アイドルとして認識している彼女らのキャラクターをうまく生かしていると思った。特に愛香さんと佳林さんは、それぞれの普段の人となりと正反対のようでいて、しかし一端に感じる影(陰?)のようなものを増幅しているところもあって、単に別人になっているという感じではなかった。他の面々も、元気さ、優しさ、賢さといったそれぞれの性質を持ち合わせつつ、表面的に現れる性質としては別の人柄を演じているという形だったのでそれぞれに必然性が感じられた。とても良い配役だったと思う。

途中までは話の内容も無理なく追えた。そもそも、私は個人的に物事を繰り返すとか、終わりがないということに生理的な嫌悪感を抱く性質があり(童謡?の「サンタクロースをつかまえてうちだけまいばんクリスマス」とか恐怖でしかなかった)、タイムリープものはそもそも苦手なのだが、同じことの繰り返しが最小限に留められていて工夫があったため辛さが案外なかった。実はもうひとりタイムリープしていたなんていうところは意表を突かれたし。細かい点を気にしないようにして見ていられた。

追ってくる小惑星ってどういう仕組なんだ?という疑問から、そもそも小惑星なんて無いという推理の流れとか、わくわくする流れだった。そこでなぜ船内に爆弾という結論になるのかは分からなかったけど。外部からの攻撃とか、そういう可能性はないのかな。その「爆弾」についてはテルが一切疑われてないのも謎。お前か?→それは俺は知らない!くらいあってよかったのでは。でもまあ細かいところだ。

最後から2度目のタイムリープが全員になるあたりから、さすがに強引さについていけなくなってくる。最初のタイムリープのときにルナがいろいろと未来のことを当てたり、その後にはソーマが説明を試みたりというときには結局信じるひとが居なかった船員。医務室送りになったりしていた。ところがここではそういった描写もなく、船内の警告もまだ出ないうちに、なんか熱く語ってたらそれが通じてみんな手をつなぎだして歌い出す、というようにしか見えない場面に。どうにかもう少し説得力のある展開にできなかったのか。

さらに、スパイをめぐる謎がどんどんと解き明かされていく。船長が疑われるシーンが、ただ勘違いでした、ではなく、別のスパイを暴くきっかけになっているのが面白い展開だった。なのだけれど、その前から、チップ、薬、探知機、指輪などとドラえもんの道具のように次々に提示される道具の数々に、結局のところどれだけの技術力を持った世界なのかよくわからなくなってくる。

個人的にとくに困ったのは「ニイタカヤマノボレ」。自分の周囲の観客からも失笑が漏れていた。なぜここで真珠湾攻撃? 誰の趣味? 単純な符丁、しかもその指す意味(命令じゃないし)を両国が共有してたらそれはもう全然符丁ではないし、相互に解読できることが前提であれば暗号でもないので、普通にネオクリスタル見つかったよー。でもいいのでは…。ツグミに関わるシリアスなシーンだっただけに、残念至極だった。

そして、終盤の急展開といえばルナの記憶の件。ツグミはルナが記憶を失っていることを知らず、任務中だから演技している、と思っていたようだ。なぜツグミはルナと二人きりになったときすら、まったくそんな素振りを見せなかったのか。ツグミは、では、ルナの茶番に付き合ってあげていると思っていたということ? とても良いシーンと思って共感してみていただけに困惑する。ルナはツグミと孤児院でともに育った仲だということ。その時も、ルナは冷淡な性格のままだったのだろうか。それとも、記憶の改竄によって母親に裏切られた記憶だけが強調されて、あのようになったのだろうか。ともあれ、「神風ドナー」(冷戦状態で、どれくらいの人が応じるだろう)に志願したということなので、絶望と孤独を抱えていただろうとは思われる。ツグミも殺すことになることは、ルナは知っていたのだろうか? ツグミにできなくて、ソーマにはできた、ルナに愛を伝えるということ。ツグミには何が足りなかったのだろうか。

ツグミに執着して申し訳ないが、ルナが記憶を失っていることをもともと理解していた、という話にはできなかったものか。二人きりのシーンでのツグミの言動も意味を持ち、切なく響くのではないか。

さて終盤、こちらも個人的に苦手な自己犠牲を感動的に描くという展開に。自殺の一種には、感動すると言うより、痛ましさに辛くなりがちだ。ルナのとる行動は理解できる。しかし、そもそものタイムリープの仕組みがよくわからないままだ。なぜあの時間に戻ったのか? なにかセーブポイントのようなものがあっただろうか。エネルギーの大きさによって戻る時間の長さが変わるのだとしたら、もしかしたら惑星付近で爆発したルナは、もっと以前に戻れるかもしれない。そうしたらこの展開を回避し、ループから抜けられるかもしれないという希望は妄想できた。舞台に集中しろ。

ということで残念ながら入り込めないうちに歌が盛り上がって、幕。後日談は舞台上では示されず、字幕で処理される。であれば、ソーマのタイムリピート理論のその後も教えてほしかった。 

あとですね、書いてこなかったところでは、未来のSFにしてはどうにも前時代的な要素が多かったような。タイムリープの表現に時計の文字盤のイメージは今どきどうなんだとか、歌詞の映画を巻き戻すだの小説だの、未来感ないなーとか。エリーとテルが会わなかった場所は、トイレじゃなくてはいけなかったのかとか。なんかSF的な装置にできなかったものか。アイドルにトイレって言わせたかったのか。あとお腹痛いから医務室行きますとか、これはまあコメディ要素だけれどルナの台詞じゃないが「学校じゃないのよ」って思わされる。

分量的に突っ込みばかりになってしまった。終盤の展開以外は十分に楽しめたし、この長さにこれだけの話を詰めこんだのはすごいことだと思う。そもそもの目的であるところのJuice=Juiceの演技と歌の力を存分に味わえた、その役柄のバリエーションと楽曲のストレートさに感謝したい。

終わり

記憶がインストールできるのはそう遠い未来の話ではないかもしれない。そのとき、「知識」とか「学者」のもつ意味、役割ってどうなるだろう。

ともあれ、ソフト化されたら余計なことを考えずに、堪能したいと思う。